遡及学(欠陥)

民主主義とは、すべての価値観の存在に承認を与える価値観である。民主主義への参加は、この考え方においては、目的に達するための手段ではなく、それ自体が目的である。・・・・ ルイ・メナンド すべてはそれぞれが独自に発信するものである。 「正しい」信念(いわゆる客観)の存在を、メナンドは前提としていない。あらゆる信念が、それを必要と…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史未来学(過 程)

自然エネルギーの変換過程 地産地消の変換過程 産学官ベンチャーの変換過程 資本の変換過程 本書は「直接変換」という示唆に富む 参考文献 「マグネシウム文明論」 矢部孝/山路達也 著
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

遡及学(法人)

税と社会保険料との違いは「対価関係」にあるか無いかである。 消費税には対価関係があるから、それは社会保障(貯蓄や投資への二重課税なし)の「目的税」たり得る。 「減税」は「所得再分配機能」を大きく低下させる。根拠のない「活力の源泉」という都市伝説の逆説的犠牲になる。 税は「国際的整合性」を持たなければならない。その理由は、法…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史未来学(ひろがりとつながり)

ダンバー氏の認知・進化人類学のキーワードは「つながり」である。 「脳」とは何か? 「長い時間」に渡って親しい関係を維持するのには、高度な脳の処理が必要であった。特に一夫一婦という一対一のつながりはより複雑な交流を必要とするので、脳が大きくないとこなせない。人類はそのような形に沿って認知・進化した。 では「言語」とは? そ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史未来学(観光とアニメーション)

写楽は役者絵に中世の幽玄という限界を見る。 その驚きゆえに表情だけが際立つ。 目がその表れである。 次に写楽はその姿勢を正しく立てたかった。 屏風のように。 こうして東海道五十三次のような名所画の前哨として冨嶽三十六景等を置いて行くことになる。これは大和絵への憧憬である。 名所絵(風景画)を立てることで、東洲は京…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

遡及学(ページ)

本書は名著である。 人間は「視覚」を二次元で使い、「心」を発達させた。 この事は、「観察」よりも大きな成果を生んだ。 外から見る親子像はお互いに語り、歌う。他者の視点の先にある二人(親子)は平面空間でありながら交流空間であることがわかる。 「絆」という母子像は、「横並び」の関係であり、原初的三項関係である。同じものを…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

新しい学(整)

「人はばけもの、世にない物はなし」井原西鶴 物が無くても「人の世にないものはない」という意味であろう。 このようにすべてを「人」に「降ろして」しまえば、「形而上学」という神の世界も、「物理」という物の世界も無くなり、対立のない多彩な「外界」があらわれる。 こうして「人」と「ばけもの」は、唐突だがあらゆる「感性の可能性」とし…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史未来学(未来への投影)

欧米ではオフィスや公共空間では蛍光灯が使われたものの、本丸である温もりの火があるべき住宅には日本のように無差別にはなかなか普及しなかった。欧米はその見かけ(デザイン)も嫌った。 しかし日本での蛍光灯の受容は、「昼光」と同等に受容された。それは夜や闇を照らすものではなく、建築内を昼として同等に照らす為である。そこにはスピード化と合理化を…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史未来学(読まれるべき本)

共同なものの現実存在と同時に、そこでの各々の「居場所」と「分け前」を規定する区分は、感性的に「目に見える」ようになる。したがって、感性的なものの分割=共有は、共有された共同体のものと独占的な分け前を同時に定める。それが視覚化の現前である。 市民とは、支配することと支配されることに関与するが、「いつ」・「どこに居て」という時間と空間…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

経済エレクトロニクス学(生命と不変性の視覚)

「変らざる本質」を捉えるためには「変化するもの」の観察からはじめなければならないが、「変化するもの」を捉えるには「変らざる本質」を想定してみなければならないという循環に陥る。 遠近法や透視図法も幾何学的にこの問題を抱えている。そして現代の放射線利用にもその問題は存在する。なぜなら放射線は、現代の「見る」「測る」を代表しているからだ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

新しい学(空・海・地)

理論段数は必要だ。 「地球が取る技術」と「人間の技術」は、アルキメデスの時代から相同である。 参考文献 「地球の中心で何が起こっているのか」 巽好幸 著 「絵とき「蒸留技術」基礎のきそ」 大江 修造 著 「放射能と理性」 ウェード・アリソン 著
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

経済エレクトロニクス学(すでに制御されていなければならない)

「感覚」は、すでに「制御」された「後」の感覚である。 感覚は単なる受容器ではない。 感覚とはダイレクトな反応ではなく、制御された状態に到った時の感覚である。ゆえに感覚は、物理的なコピーを人間が取り入れているという「経験説」は否定される。感覚は物理量の「連続性」に追従しないということがその証明である。感覚は「相転移」であるが、しかし脳…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

経済エレクトロニクス学(労働者協同組合論)

今後の協同組合論を歴史から考える。 しかしそれは従来の「相互扶助論」や「ステークホルダー論」を蒸し返すものではない。「保護主義」からの離脱や「地域コミュニティーの質の向上」を語るものでもない。 現在の日本の協同組合は農業との関係だけで成功し強調されているが、国際的な消費行政の射程を考えれば、住宅・金融をも含む。社会保障から考えれ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

経済エレクトロニクス学(正面性)

「立体」とは「正面」を見据えることである。 ローマの「意志」はそれを「引き寄せる」。 それは「浮彫り」の中立的な「背地」から、背後に空間が認められるような「前景面」を形成する視覚面へと強調されて行く。つまり後方の背地を物質空間としたのである。これがローマでなされた根源的分離の完了である。 これは「奥行き」の登場ではなく、「…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

遡及学(水素エネルギー)

「逆問題」と「物質循環」の歴史性を考える。 「触媒」の歴史性も付随する。 水素は、生物のエネルギー代謝にとって重要な元素だ。 光合成は水の光分解によって得た水素を用いて二酸化炭素を還元する反応である。 もし微生物腐食機構が、「水素復極」による水素利用だった場合、今後環境概念の基本的枠組みの変更を必要とする。 参…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

遡及学(人類と水)

エジプトはナイルの賜。洪水なくてどうやって生きられよう。洪水は危険な力だが、その洪水を味方にし、なだめ、強いることのないようにすることが、エジプトに生と再生を分配してくれることを促すことであった。 洪水は「周期」時計であり、それは「大蛇」という「ウロボロス」の形での出会いである。 「シンボル」としての洪水は「遠方の女神」という神…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

遡及学(消費エネルギーと生産エネルギーの差し引き)

ワールドカップのような感動はそう味わえるものではない。確かに感動のエネルギーをもらうが、今度はいつまたこのようなことを味わえるのだろうかと無意味簡素な時間をこのエネルギーで生きねばならない。 ゆえに日々の日常的エネルギーは、飽食と浪費に満たされ、清貧とは違うものによって退屈を賄われている。 「エドガー・ソーテル物語」と「ソー…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

遡及学(自発性)

芸術的行動は究極の目標を意識して行われるわけではない。やりたいからするのである。この点から、「実用」の中にも芸術は入り込むことができるのである。食欲が生命を存続させるという究極の目標を意識して行なうのではないことと同じである。 このことから、「政府の能力」は「市場の能力」とほぼ「同程度」のものであるということができる。 芸術…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

遡及学(1930年代の視線)

シュールレアリズムの絶対的中心は写真である。 その自動書記は、「眼球譚」である。 1930年代は、アメリカを含め、オーウェルの「パリ・ロンドンどん底生活」の時代であり、亡命者と浮浪者の歴史である。そこには「記録」としての「民族的な落書き」があり、フォト・ジャーナリズムの萌芽があった。 そのレアリズム(超現実)は写真を方向づ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

遡及学(背景の登場)

日本資本主義、その「背景」が出来上がるには、翻訳の問題がある。 それは外来語の問題ではない。翻訳とは、日本語のなかにある主語と述語の間にある「主体」の問題である。 この影響は西田哲学に見られる。 こうして日本資本主義の本質とも言える問題は、「主客」、主観と客観の問題からはじまり、それを「主人」と「お客」への「代理表現」としてそ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

遡及学(「課題」主義)

「モデル植物」と言う考えは、ゲノム生物学に「ビッグサイエンス」の道を提供する。そこでは研究の「基礎づけ」と「有用な知の積み重ね」の合理的な「分業」をはじめて成立させる。個々の研究者によるバラバラな対象と知見は「課題」というスタイルを通してインターネット上での知識共有の理想的かたちを実現する。 そしてゲノム科学における「ホモログ」の…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

経済エレクトロニクス学(ダイレクト医療エレクトロニクス)

まず本書がタバコモザイクウイルスに触れている点。 細胞膜は液晶? コレステリック液晶の光学的性質。 ネマチックは「ディスプレイ」への興味だけでは終わらないということ。 液晶はプラズマとの商関係で知り尽くされたと考えられているだけである。 まだまだ液晶は謎である。液晶のテーマは再発見できる。 参考文献 「液晶の歴史」…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

遡及学(新しい需要と供給の住処)

「物語の経済学」は、「希少性の原理」には従わない。「最小のコストで最大の利益」とは考えない。たとえば待ち合わせの場所は誰にでも知られている場所が選ばれる。あえて多くの人々の人生が交差する場所を選び、人生をそこで重ね合わせ、物語となる場所とする。そこが生産と消費の新しい交差点だからだ。それは「他者に語られるためのアイデンティティ」(物語)…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

新しい学(剛体と視覚世界)

「成長する力」を持つものには、対数らせん・フィボナッチ数列・黄金比の「数」が埋め込まれている。 ピタゴラスは、数を物理的な実在の背後にあるイデア(影)に見た。それは確かに現象的世界に関与した。 成長には一定の「角度」がある。この成長螺旋角は三次元を説明した一つだ。フラクタルや自己複製・スケールによる不規則性はこれで説明される…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

新しい学(長期的な近道)

短期的に結論を得ようとするために、突如選択肢を登場させ、確率の問題に帰することは、「ガウスの近道」ではない。 ガウスの計算処理は早く、その時代の誰よりも多く計算することができた分だけ、算術計算ではなく、「量的な関係」についての新しい洞察を得ることができた。 彼は、実際に足すことなく、たくさんの数値の和を求めた。 そして「数…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

遡及学(経済と制度と技術の物語)

まるで「選択肢」が無いかのように決めつけ、急ぎ足でその場を説明もせず駆け抜けて行こうとする制度主義的な文脈の人の行動は、社会を確実に受け身にし、選択という創造性も満足も自己に能動的に与えることはできない。 選択の「余地」があったのではないかと「後悔」し、人はその可能性のねつ造すらし、自らの過去空間にそれを創造し、その空間に「罪」を…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

第3学(制御理論と宇宙)

「接続の理論」は配位空間と位相空間に位置するが、それは力学系の法則に「内在した性質」ではなく、一種の「境界条件」である。 「重心の移動」は「重力場の問題」である。ゆえに物質(質量)の問題と真空の問題には本質的差異性は存在せず、それは「接続の問題」にすぎない。「電磁場」の本質もまた「重心」が進行する過程を扱うものである。 つま…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史未来学(資源管理)

破綻している「資源管理」。 輸入大国(購買力社会)の責任。 研究が研究者の個人任せで、「引き継ぎ」のない分野では、「指標」が恒常的に変化し、スタート時のデータは都度「劣化」の方向をたどる。集団記憶喪失と歴史的な考察の欠如は、統計の問題以外の場で起きている。 過去の忘却(逸話としてしまうこと)と、使用する指標の「漸進的悪化」…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

歴史未来学(アーチスト)

ファサードの歴史は「平面図」からの展開である。それは「オーダー」の歴史であり、継ぎ足す「曲」の展開である。ル・コルビュジエの「角層」はこうして生まれた。 「遊牧民」の影響は、「定住」と「都市」に大きな影響を与えた。今後の展開が未知であることから、ユーラシア大陸の歴史は実験室である。 「空間」は前進するものではなく、思わず「左…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

新しい学(全身と全体)

「皮膚」は身体の外側にある「臓器」である。 その有利は、「表面積」の特性にある。 神経より先に皮膚が感じる。 皮膚は脳と同じ「受容体」を持つ。 人間は、あまりに脳の情報に依存した食べ方に慣れてしまった。五感で直接食物の価値を判断する力を鈍くした。人間の脳は、いつしか安全のための情報収集という本来の役割から、食通としての味わい…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more